多賀城みんなの地域学:笠神編
2022.11.13

11月6日(日)、西園寺花園会館にて

多賀城市民生活サポートセンター(通称たがさぽ)主催による

「多賀城みんなの地域学:笠神編」が開催されました。

皆で古い写真や地図を見ながら今と昔の地形を比べつつ、

思い出話や災害のエピソードなどを話し、

自分の住む地域がどのような場所であったかを知ることで、

今後の防災の取り組みにつなげていこうという試みです。

司会はNPO法人20世紀アーカイブ仙台の奥村志都佳さん。

引き出し上手な奥村さんの進行で、

参加者の方々からは災害や地形だけに限らず

昔の遊びや暮らしについての興味深いエピソードが続々と飛び出しました。

その一部をここにご紹介します。

 

・子どもの頃は木の枝に餅をくっつけて雀を捕まえ、焼いて食べた。(とりもち)

・笠神と接する花立町の辺りには沼があった。

冬になると竹でスキー板のようなものを作り凍った沼の上を滑って遊んだ。

・今の自衛隊多賀城基地内にも八合堤と呼ばれる沼がありよく鮒釣りをした。

・今の下馬一帯は雑木林だったので、笠神から45号線方面に下るには

林を抜けていくか遠回りをしなくてはならず通学にはひと苦労。

・戦前の笠神一帯は田畑だった。

戦争中、村の農家では大事な労働力である馬を軍に徴用された。

 

その他にも笠神周辺の観月山や天野山の地名の由来、

笠神を語る上では欠かせない海軍工廠建設による西園寺の強制移転、

境内にある道安地蔵尊にまつわる悲話についても話が及びました。

下馬編に続いての開催です徴用された馬の血統書昔の写真や地図も展示しました

今回の催しで参考にした史料やパネル写真はお寺に保管していますので、

ご興味のある方はお気軽にお声かけ下さい。

(一部の写真や地図は仁和多利神社からお借りしました。)

たがさぽでは多世代の交流を目的として

子どもたちや転入者の方々を交えた

「みんなの地域学」第二弾も企画しているそうです。

今回参加できなかった方にもぜひ足をお運び頂ければと思います。

 

*トップ画像は昭和初期の笠神村と思われる写真(西園寺所蔵)

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