今月の禅語

2023.2.8
其の四三
劍去刻舟 守株待兎 けんさってふなばたをきざみ くいぜをまもってとをまつ

勘違いでまちぼうけ、人生思いちがいばかりですね。

 おっと、舟が揺れてうっかり水中に剣を落としてしまった。さてどうしよう。そうだ。落とした場所がわかるように船べりにしるしを刻みつけておけばよい。これで安心。見つける手がかりを残したぞ。

 せっせと畑仕事をしていたところ、兎がたまたま目の前の切り株にぶつかり動かなくなったので、たやすく捕まえることができた。しめしめ。苦労もしないでごちそうが手に入ったぞ。これからは一所懸命働くのをやめて、切り株の番をして暮らそう。

 …ちょっと待って。何か道を誤っていませんか。人生観が根本的に間違っていると、せっかくの人生を無駄に過ごしてしまうことになります。私たちには思い込みや先入観があり、案外このような心得違いに気づかないことが多いものです。

 よき教えに出会い、道を正してもらうことが大事です。思えばお釈迦様は、私たちを幸せへと導くよき先生でありました。

 下の句は、北原白秋作詞「待ちぼうけ」の歌詞にも用いられています。

 

出典:『碧巌録』三教老人序

剣去って舟に猶お刻み、兎逸げて株移らざるが如く、満肝の葛藤もて、能く問うこと千転すれども、其の生死の大事に於いては、初めより干渉無し。

この連載について

 禅語とは禅の教えを端的に示した言葉です。悟りの境地を示していたり、修行者を悟りに導いたりするために用いられてきました。仏のこころはお釈迦さまから弟子へと、器の水を残さず次の器に移すが如く連綿と受け継がれていき、28代目の達磨大師により坐禅を仏道修行の中心に据えて、インドから中国に伝えられたとされています。

 禅語には禅僧が自身の悟りの境地を示したもののほかに、仏教経典、中国古典、詩文集等の様々な文献からも引用されています。今日では、床の間に掛けられた掛軸(墨蹟)に書かれた言葉として目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

 「不立文字(ふりゅうもんじ)、教外別伝(きょうげべつでん)(文字は全てを表現できず、文字で表現し尽せないところに伝えるべき核心がある)」という禅の家風もあり、禅語はその字義だけを考えても意味の分からないものもあります。禅仏教では自身の実践を重視しますが、禅語の紹介を通して皆様自身が字義の奥に潜む本当の意味、祖師方が伝えんとしてきたものを感じて頂けると幸いです。

 ここでは禅的教育研究グループ「じだんだ」の発行した「禅語カルタ百句」を紹介していきます。「禅語カルタ百句」は難解なイメージを持たれがちな禅語に如何にして親しんで貰うかというテーマのもとに製作されたカルタです。イラストが理解の助けとなり、禅語に触れる第一歩として適したものとなっております。じだんだ代表の柳楽一学師の許可を得てここに掲載してまいりますが、「禅語カルタ百句」にご興味の方は下記までご連絡願います。

 「とっつきにくい禅語に入っていく開かれた門となれば幸いです」柳楽一学

禅的教育研究グループ「じだんだ」 代表:柳楽一学
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