今月の禅語

2023.8.2
其の四九
銀碗盛雪 明月藏鷺 ぎんわんにゆきをもり めいげつにろをかくす

輝くばかりの銀碗に純白無垢な雪を盛る。明月に白鷺が照らされている。白いけどちがうよ。

 銀のお碗に純白無垢な雪を盛る。あれ?どこが雪でどこがお碗かな?白く輝く明月に白鷺が照らされている。あれ?鷺はどこにいった?

 銀のお碗と雪は性質がまったく異なりますが、白に白を重ねるとどこがお碗でどこが雪なのか分からなくなります。同じように白い月と白鷺は全く違うものですが、それらが重なると互いに溶け合って区別がつかなくなります。

 体を調え、呼吸を調え、心を調えて、ひとたび本来無一物(ほんらいむいちもつ)の境地を体得すると、それぞれに違いがある差別の世界がそのまま平等であることに気づきます。本来平等なる世界がそのまま違いある世界であることに気づきます。差別と平等。相対と絶対。わたしがあなたであなたがわたし。されどその本分はやはり異なります。月は月の性質を失わず、白鷺は白鷺そのままに、それぞれが平等でありながらその役割は異なります。私たちも互いに平等であることを喜びながら、それぞれの使命をまっとうしたいものです。

 

出典:『洞山悟本禅師語録』「宝鏡三昧歌」

銀盌に雪を盛り、名月鷺を蔵す、類して斉しからず、混ずるは則んば処を知る。

 

 

この連載について

 禅語とは禅の教えを端的に示した言葉です。悟りの境地を示していたり、修行者を悟りに導いたりするために用いられてきました。仏のこころはお釈迦さまから弟子へと、器の水を残さず次の器に移すが如く連綿と受け継がれていき、28代目の達磨大師により坐禅を仏道修行の中心に据えて、インドから中国に伝えられたとされています。

 禅語には禅僧が自身の悟りの境地を示したもののほかに、仏教経典、中国古典、詩文集等の様々な文献からも引用されています。今日では、床の間に掛けられた掛軸(墨蹟)に書かれた言葉として目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

 「不立文字(ふりゅうもんじ)、教外別伝(きょうげべつでん)(文字は全てを表現できず、文字で表現し尽せないところに伝えるべき核心がある)」という禅の家風もあり、禅語はその字義だけを考えても意味の分からないものもあります。禅仏教では自身の実践を重視しますが、禅語の紹介を通して皆様自身が字義の奥に潜む本当の意味、祖師方が伝えんとしてきたものを感じて頂けると幸いです。

 ここでは禅的教育研究グループ「じだんだ」の発行した「禅語カルタ百句」を紹介していきます。「禅語カルタ百句」は難解なイメージを持たれがちな禅語に如何にして親しんで貰うかというテーマのもとに製作されたカルタです。イラストが理解の助けとなり、禅語に触れる第一歩として適したものとなっております。じだんだ代表の柳楽一学師の許可を得てここに掲載してまいりますが、「禅語カルタ百句」にご興味の方は下記までご連絡願います。

 「とっつきにくい禅語に入っていく開かれた門となれば幸いです」柳楽一学

禅的教育研究グループ「じだんだ」 代表:柳楽一学
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